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舘ひろし、中退した千葉工業大学を48年越しにも卒業できたのはなぜ?

俳優

俳優の舘ひろしさん、一度は中退した千葉工業大学を48年越しに卒業されました。
今回、その理由や経緯をまとめました。

今回の卒業は、千葉工業大学の特別卒業認定制度によるものとされ、無事に卒業証書の授与に預かることができました。
が、じっさいはそれだけでは無かったのです。。。

舘ひろしさんの千葉工業大学入学、中退の経緯

(Wikipediaより)
本名 舘 廣(たち ひろし)
生年月日 1950年3月31日(71歳)
出生地  愛知県名古屋市中区老松町
身長 179 cm
血液型  A型

舘ひろしさんは、1970年4月に千葉工業大学の工学部建築学科に入学しました。

芸能活動がいそがしくなり、8年間休学し、その後中退しました。
お世話になっていた、大先輩の石原裕次郎さんに、もういいんじゃないと両親をも説得され、
結果志半ばで中退したのですが、卒業に必要な単位はほとんど取得していました。

ただ当時、忙しさのあまり、大学に行くことができなかった為、大学を続けることができず中退と言う選択肢を取ることになりました。

 

 

ではなぜ、今回、舘ひろしさんは卒業したのか?

舘ひろしさんのお母さんが、大学にいつ戻れるか分からないと思いながらも、
息子の舘さんには内緒で10年間、学費を納め続けていたということがありました。

10年間も学費を、行っていない大学に払い続けるって、ふつうあるのでしょうか。
中々あるとは思えないですね。お母さんの気持ちも含めて、卒業につながったのではと思います。
そのお母さんは、すでに90才を超えています。

千葉工大の瀬戸熊理事長は卒業式で、舘ひろしさんについて、
「休学中もお母さまが毎年、出身地の名古屋から上京、
『不安定な芸能界から、いつ息子が大学に戻るかわかりません。何卒よろしくお願いします』」
と、紹介しました。

千葉工大の特別卒業認定制度ですが、
千葉工業大学では大学卒業に際しては、同「特別卒業認定制度」で規定していて、
「3年以上在籍した者」「卒業に必要な単位中100単位以上を取得している者」

「学長の推薦がある者、社会的貢献に顕著である者」の資格を満たした人が対象、
というを満たしていました。

また、「在学中から芸能活動に取り組み俳優として活躍。
近年は映画『終わった人』(18年公開)に主演しモントリオール世界映画祭で最優秀男優賞を受賞。
昨年は旭日小綬章を受章するなど、社会で顕著な功績を挙げている」
と認定制度の中の「学長の推薦がある者、社会的貢献に顕著である者」と認めらえたと思われます。

今回、舘ひろしさんが卒業できたのは、お母さんの熱い願いと、
同大学の特別卒業の資格を満たしていたということで、実現したようです。

まとめ

石原裕次郎プロモーションで活躍してきた舘ひろしさんが、入学した千葉工業大学を卒業したことに触れ、とても嬉しいニュースです。

上の写真で、松井学長から卒業証書を授与されている舘ひろしさん、嬉しい表情を隠しきれない、そんな神妙な感じですね。

ただ今思うに、石原裕次郎さん、たしか慶応義塾大学を中退ではなかったでしょうか?
余計なことだと、石原裕次郎さんからお叱りを受けるかもしれませんね。

 

 

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